物理学の学徒としての自分は、日常普通に身辺に起こる自然現象に不思議を感ずる事は多いが、古来のいわゆる「怪異」なるものの存在を信ずることはできない。しかし昔からわれわれの祖先が多くの「怪異」に遭遇しそれを「目撃」して来たという人事的現象としての「事実」を否定するものではない。われわれの役目はただそれらの怪異現象の記録を現代科学上の語彙(ごい)を借りて翻訳するだけの事でなければならない。この仕事はしかしはなはだ困難なものである。錯覚や誇張さらに転訛(てんか)のレンズによってはなはだしくゆがめられた影像からその本体を言い当てなければならない。それを的確に成効しうるためにはそのレンズに関する方則を正確に知らなければならない、のみならず、またその個々の場合における決定条件として多様の因子を逐一に明らかにしなければならない。この前者の方則については心理学のほうから若干の根拠は供給されるとしても、後者に関する資料はほとんどすべての場合において永久に失われている。従ってほんとうに科学的な推定を下すということはほとんど望み難いことである。ただできうる唯一の方法としては、有るだけの材料から、科学的に合理的な一つの「可能性」を指摘するに過ぎない。
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