若い地區委員會の書記の太田健造は、脚の折れ曲つたテーブルの上に心持ち前かゞみになり、速力をもつて書類に何か書き込んでゐた。――街道筋の家並みがとだえがちになり、ひろびろとした田圃の眺めがちやうどそこから展けようとするあたりにその家は建つてゐた。暮れかけて間もない街道をまつすぐに走つて來た自轉車の何臺かがその家の前まで來てとまつた。暗い土間に自轉車をおしこむと、人々は腰の手拭ひを取つてパツパツと裾をはたきながら、ゆがんだ階段をぎしぎしときしませてのぼつて行く。屋根裏の一室のやうにおそろしく天井の低い部屋だつた。筵を敷き、その上にまたうすべりをのべた殺風景なこしらへではあつたが、十疊はたつぷり敷けるとおもはれる廣さだつた。明けはなした小さな窓からはすぐ向ひの丘の上まで重々しく垂れさがつてゐる梅雨期の雨雲がのぞかれ、いくどにも吹きこんでくる風は霧のやうなしめりを含むでゐた。車座になつてゐる十五六人が野良からそのまゝ持つて來た新鮮な土と汗の植物のにほひが、ゆれうごく部屋の空氣についてながれた。
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